私が思う「余白」
こんにちは、れいちゅんです。
最近、お金の使い方について考えることが増えました。
投資を始めてからというもの、「どうすれば資産が増えるか」「どこを節約できるか」を考える時間が長くなりました。
もちろん、それは今でも大切です。
でも、ある日ふと思ったのです。
私は本当に、お金そのものが欲しいのだろうか。
少し考えてみると、答えは違いました。
私が欲しかったのは、お金ではありません。
余白でした。
予定の余白。
時間の余白。
心の余白。
そして、お金の余白。
今日はそんな「余白を買うために」という話を書いてみようと思います。
子どもの頃には気づかなかったことを、大人になってようやく少しずつ理解できるようになりました。
余白とは、目には見えないけれど、暮らしを豊かにしてくれるものなのだと思います。
私が「余白」という言葉を意識するようになったのは、社会人になってからでした。
朝は目覚ましで起きて、慌ただしく支度をして会社へ向かう。
仕事が終われば買い物をして帰宅し、夕飯を作って、お風呂に入って、明日の準備をして寝る。
そんな毎日を繰り返しているうちに、一週間はあっという間に終わり、一か月も、一年も驚くほど早く過ぎていきました。
忙しいわけではないはずなのに、いつも何かに追われている感覚がありました。
気づけば、ゆっくり空を見上げることも、本を読むことも減っていました。
心の中に椅子を置く場所がないような毎日でした。
ある休日、図書館へ行った帰り道のことです。
借りた本を助手席に置き、信号待ちで窓の外を眺めていました。
風に揺れる木々を見ているだけなのに、不思議と気持ちが落ち着きました。
急いでいるわけでもない。
誰かから連絡が来るわけでもない。
ただ静かな時間が流れているだけ。
その時、「私が欲しかったのは、こういう時間だったんだ」と思いました。
その日から、お金の見方が少し変わりました。
以前の私は、お金は「何かを買うためのもの」だと思っていました。
服を買う。
家電を買う。
旅行へ行く。
美味しいものを食べる。
もちろん、それらは今でも素敵なお金の使い方です。
でも最近は、お金で「物」を買うよりも、「余白」を買いたいと思うようになりました。
例えば、少し高くても家から近いスーパーへ行く日があります。
往復の時間が短くなるだけで、家でゆっくり本を読む時間が増えます。
ネットスーパーを利用する人も同じなのかもしれません。
配送料を払っているようで、本当は時間を買っている。
私はそう思います。
ミニマリストになってから、「買わない暮らし」を意識するようになりました。
けれど本当は、「買わない」ことが目的ではありません。
物を減らすことで、暮らしに余白を作りたかったのです。
掃除にかかる時間が減る。
探し物をする時間が減る。
片付けに悩む時間が減る。
その結果として生まれた時間を、読書や家族との会話に使えるようになりました。
物が減っただけなのに、時間まで増えたような気がしたのです。
投資も、私にとっては余白を買うための手段です。
投資をしていると、「何年後にいくら」という数字ばかりが話題になります。
でも私は、数字よりも、その先にある暮らしを想像することが好きです。
朝、目覚ましをかけずに起きる。
図書館へ行く。
本を読む。
紅茶を淹れる。
午後はブログを書く。
夕方には家族とご飯を食べる。
そんな一日を、自分で選べること。
それが私にとってのFIREです。
仕事を辞めたいというより、人生に余白を増やしたい。
だから投資を続けています。
ブログを書いているのも、余白を育てるためなのかもしれません。
収益だけを考えるなら、もっと効率の良い方法があるでしょう。
でも私は、文章を書く時間が好きです。
頭の中でぼんやりしていた考えが、一文字ずつ形になっていく。
書き終えた頃には、自分でも気づいていなかった本音に出会えることがあります。
ブログは誰かに読んでもらうためだけではなく、自分の心に余白を作る時間でもあるのです。
人付き合いが得意ではない私は、一人の時間が必要です。
昔は、そのことを少し後ろめたく感じていました。
もっと社交的にならなければ。
もっと積極的にならなければ。
そんなふうに思っていた時期もあります。
でも今は違います。
静かな時間があるから、人にも優しくなれる。
一人で本を読む時間があるから、また家族と笑える。
私にとって余白とは、次の日を元気に過ごすための充電時間なのです。
以前、ひとりでホテルに泊まる「ホカンス」に憧れたことがありました。
誕生日に行ってみたいホテルも見つけました。
でも結局、行くのをやめました。
理由は、お金を貯めたかったからです。
その時は少し残念でした。
けれど今思えば、それも一つの選択でした。
未来の余白を買うために、今の贅沢を少しだけ我慢した。
どちらが正解だったかは分かりません。
でも、自分で選んだことだから後悔はありません。
人生は、「何を選ぶか」より、「なぜ選ぶか」の方が大切なのかもしれません。
最近、図書館へ行くたびに思うことがあります。
私はこんなにも豊かな場所に、無料で通わせてもらっている。
何冊でも本を借りられる。
静かな席で本を読める。
新しい知識や物語に出会える。
図書館は、お金を使わずに余白を味わえる場所です。
だから私は何度でも通いたくなります。
FIREを目指している人の趣味として、これ以上ないくらい相性がいい場所だと思っています。
子どもたちにも、いつか伝えたいことがあります。
お金は大切。
でも、お金だけを追いかけないでほしい。
時間を大切にしてほしい。
好きなことをする時間。
何もしない時間。
ぼんやり空を眺める時間。
そういう時間がある人生は、とても豊かだからです。
大人になると、「何もしない」は悪いことのように思えてしまいます。
でも、本当にそうでしょうか。
何もしない時間があるから、人はまた頑張れるのだと思います。
私はFIREを目指しています。
でも、本当に欲しいのは「早く仕事を辞めること」ではありません。
毎朝穏やかな気持ちで起きられること。
仕事を続けるかどうかを、自分で決められること。
今日は図書館へ行こう。
今日は家でゆっくりしよう。
今日はブログを書こう。
そんな選択ができる人生を送りたいのです。
自由とは、何でもできることではありません。
自分で選べることなのだと思います。
投資も、節約も、ミニマリズムも、全部つながっています。
目指している場所は同じです。
余白のある暮らし。
忙しさに追われる毎日ではなく、心に風が通るような毎日。
そのために私は今日も、本を読みます。
少しだけ節約をします。
積み立て投資を続けます。
ブログを書きます。
どれも派手ではありません。
誰かに驚かれるようなことでもありません。
でも、その静かな積み重ねが、未来の私に余白をプレゼントしてくれると信じています。
人生は、「何を持っているか」で豊かになるのではなく、「どれだけ余白を持てるか」で豊かさが変わるのかもしれません。
急がなくてもいい。
比べなくてもいい。
少しずつ、自分のペースで歩いていけばいい。
そんなことを思いながら、今日も図書館で借りた本を開きます。
ページをめくる音だけが静かに響く午後。
その時間こそ、私が少しずつ買い集めている「余白」なのだと思います。

